はじめに 〜パンラボ池田浩明の連載コラム「中くらいのお世話」〜

グロワールさんにはお世話になりまくっている。ご恩返しをなんとかしたいと思うが、私のできることはなんだろう? グロワールさんにはもっともっと繁盛してほしいといつも思っている。そこで、いろんなところでパンを食べまくってきた経験を活かし、全力でアドバイスするのはどうだろう。不定期で、こうやったらグロワールさんがもっと儲かるんじゃないかと提言する。あいうえお順に【あ】からはじまる言葉、【い】からはじまる言葉…というふうに毎回お題を決めて。大きなお世話だと自覚はしている。でも、50音=50個も提言するのだから1個ぐらい役に立つ物もあるかもしれない。そんな願いを込め「中くらいのお世話」というタイトルにした。もちろん、グロワールさんだけではなく、パンが好きな人にも読んでもらえたらうれしい。これはひとりのパンおたくが、みなさまになりかわって、こんなパン屋があったらいいなという夢をつづるものだ。

池田浩明プロフィール

池田浩明

パンラボ主宰、ブレッドギーク(パンおたく)。東においしいパン屋あると聞けば行ってパンを食べ、西にすごいパン職人がいると聞けばその声に耳を傾け、南に偉大な小麦農家ありと聞けば土を掘り返し、小麦をなめる。著書に『サッカロマイセスセレビシエ』(ガイドワークス)、『パン欲』(世界文化社)、『おかしなパン 菓子パンをめぐる おかしくてためになる対談集』(誠文堂新光社)、『空想サンドウィッチュリー』(ガイドワークス)、『日本全国 このパンがすごい!』』(朝日新聞出版)、編著に『パンの雑誌』(ガイドワークス)、『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)などがある。「もっとおいしくて安全な小麦あふれる未来へ」を合い言葉にする「NPO法人新麦コレクション」を立ち上げ、活動中。

【の】のりトースト[2019/10/30]

のりトーストは神田の喫茶店「エース」の名物。のりにトーストって本当に合うんだろうか? 食べる前は首をかしげるが、意外においしい。フランスの海藻バターに近い感覚だ。作り方をエースのご主人直々に教えてもらったことがある。8枚切りの食パン2枚でのりをサンドする。このとき、「三」を描くようにパンにしょうゆをかける。これが塩加減がちょうどいいそうだ。サンドしたものをトーストし、あとからバターを塗る。そうすると、バターもすーっと塗れるし、のりに火が入って香りも立つ。こんなふうに作り方は簡単なのだが、家で食べるよりエースで食べるのがいちばんおいしい。食パンだってスーパーで売っている袋入りのものだが、それでもエースがおいしい。私の気のせいではなく、のりトーストを食べた人誰もが口をそろえるのだから不思議だ。

【ね】寝かせる[2019/4/3]

カンパーニュやライ麦パンのような重くて酸味のあるパンが売れないと、よくパン屋さんに聞く。食べ方のわからない普通の日本人にとって、あれが売り場に置いてあっても「謎の物体」みたいに見えるんだろう。実にもったいない話だ。「保存がきいて、食物繊維もミネラルも入っている体にいい食パン」ぐらいに考えればいいのだが。あの手のパンは冷蔵庫がおすすめである。パンを買ってくるとすぐ冷凍してしまう人がいるが(特にたくさん買うことの多い人)、焼き戻すときに食感が変わることが多いので、冷蔵のほうがいいと思う。冷蔵庫は乾燥しやすいので、パン屋さんでもらった袋に入れ、さらにジップロックに入れる。これで5日ぐらいはいける。自家培養種を使ったパンは日持ちしやすい特徴がある。熟成が進んで毎日味が変化するのもおもしろい。週末に少し遠くのおいしいパン屋さんに行ったら、こういう大型のパンを買って少しずつカットして食べれば、1週間楽しめる。

自家製酵母のカンパーニュ

【ぬ】塗る[2019/1/15]

最近の個人的大ヒットが「アーモンドバター」。バターの成分は入っていない。アーモンドパウダーと植物性のオイルを混ぜたものの瓶詰め。パンがいくらでも食べられる危険なものだ。トーストにバターを塗りその上にアーモンドバターを塗って食べる。なんならさらに砂糖をまぶしたり、はちみつをかけたりしてもいいが、余計な糖分は必要ない。1口目はなにげないが、2口目、3口目と急加速してくる。香りや甘さが口の中にたまって、増幅してくるのだろう。1枚終わるころには阿修羅のごとく猛烈に食べまくっている。食パン8枚切りぐらいのをかりっと焼いてもいいし、ふわふわの厚切りでもいい。全粒粉パンやライ麦パンでも。あれやこれやそんな実験をしてみたくなって、どんどんパンを食べている。どんだけパン好きなんだ俺、と自分が恐ろしくなる。

ピーナッツバター

【に】握る[2018/12/5]

東京代々木八幡「365日」の姉妹店であるカフェ「15℃(ジュウゴド)」が夜は「ヨル15℃」として装いが新たになった。名物料理はパンの寿司。パンで握り寿司か! と驚いた。マリネしたマグロの下にかりかりに焼いたクルトンのような食パン。サラダ感覚で合わせているわけだ。昨年は「おにぎらず」が流行った。あれを見たとき、Zopf(松戸ツォップ)のミルフィーユを思い出した。「かぼちゃと栗とチーズとベーコン」とか「鶏レバーとニンジンとブロッコリー」とか生地と生地(ヨーグルトライ)のあいだに具材がたっぷりとミルフィーユ状にはさまっている。作っているところを見たことがある。生地をでっかく広げ、そこにどっさりと具材をかぶせ、さらに生地でまた覆い、と豪快に繰り返す。伊原靖友店長が「これとこれをいっしょに食べたい」と思ったものを組み合わせただけの自由なパン。無造作なようでいて、焼きあがりをリアルにイメージできる技術があるからこそ、あそこまで自由になれる。見るたびにすごいなーと感嘆してしまう。

東京代々木八幡ベーカリーカフェ15℃(ジュウゴド)

【な】ナン[2018/10/17]

ナンと出会ったときの衝撃。最初にインド料理屋に行ったときのことだった。カレーを頼んでパンが食べられるのでなんてラッキーなんだと思った。ばかでかいサイズだが、表面に塗られたバターの力もあって、すんなり食べきれる。横浜・たまプラーザで250種類ものパンをそろえるパンステージプロローグや紀ノ国屋スーパーでもナンを売っている。パン屋でナンを見ると、ぜひ買っていって晩飯はカレーにしようと思うが、そんなにすぐ釣られてしまうのは私だけだろうか。ナンの横にカレーのレシピや無印良品で売っているようなスパイスせットや、「カレーの恩返し」(「ほぼ日」で出しているミックススパイス。仕上げにふりかけると、いつものカレーが本格インドカレー風になる)を置いておくと、さらにいいと思う。

【と】とうがらし[2018/9/7]

パンに合うスパイスとしては、シナモンや黒胡椒がよく使われてきた。これからは「とうがらし」方面ももっと研究されていいのではないだろうか。昨年11月にオープンした東京・日本橋のBEAVER BREADには、メロンパンに生ハムをはさんだものがある。オードブルでメロンに生ハムをのせて食べることにヒントを得たのだ。ギャグみたいだがよく合っている。理由は、生地の中に入れられる「ピマンデスペレット」という、とうがらし粉。バスク地方で多用される調味料で、バスク豚の生ハムと相性がいい。BEAVERの割田シェフは、刻んだハラペーニョとチーズを混ぜたパンも作るなどスパイスの達人である。和に目を転じれば、京都のクロアには、熟成したコンテチーズと京七味を入れたパンがある。辛味だけではなく、山椒やそのほかの香りがして風流である。激辛ブームから、はやン十年。第二次ブームが来てもおかしくない。

東京日本橋BEAVER BREADのメロンパンやアンパン

【て】テロワール[2018/7/14]

テロワールとは、ワインの用語で「土地の味」という意味だ。ぶどう畑や地方により味わいが異なることを指す。パンの材料になる小麦にもテロワールがあるのだろうか? 生の小麦をなめるといろんな味がする。北海道のキタノカオリをなめたとき、オレンジみたいな風味がしたので非常に驚いた。どこか別のところから匂いがしているのかと思って、あたりを見回したほどだ。トウモロコシ、マンゴーやバターなど、黄色い食べ物に通じる甘さがある。そして実際、キタノカオリの小麦粉は黄色い色をしている。北海道の小麦にはおしなべてミルキーな甘さがある。これは冬の寒さと関係している。氷点下でも凍らないように、植物が糖を作るのだ。一方、岩手の小麦はダシっぽく、うどんみたいな味がする。実際、研究者が実験装置で成分を分析すると、アミノ酸(つまり「だしの素」)が多い結果が出ている。小麦は無味無臭ではなく、生きている。

小麦畑

【つ】つば[2018/4/24]

つばとはよだれのことである。つばの話なんかして汚い奴だと思われるかもしれない。私もそう思う。でもせざるをえない。パンを食べることに関して、根本的な問題である。つばがなければ、パンの味もあまりしないだろう。風味の成分は、つばに溶けて水溶液になることで、味覚や嗅覚の細胞に感知されるようになるからだ。腕のあるパン職人は気泡の様子でパンの出来不出来を見分ける。同じ境地かどうかは自信がないが、私なりに見分ける方法を持っている。パンはつばを吸い込むスポンジである、と考えるのだ。気泡膜が薄く大小の気泡がぼこぼこ空いているのや、逆に小さな気泡が均一に空いているのがいいパンとされる。あれは、スポンジとして優秀ということだ。つばを素早く吸い込む構造をし ていれば、それだけパンは速く溶ける(つまり、口溶けがいい)。もし気泡の様子だけ見て、パンの味を判断するとしたら、そこにつばがどんなふうに吸い込まれていくかを、脳内でイメージしてみと、「ああ、これはいいパンだなあ」などとわかる。

バゲットの気泡

【ち】チョコレート[2018/2/1]

数々のチョコレートに狂わせられてきた。もっとも古い記憶では、パリのパン・オ・ショコラである。これだけはどの店でも食べてもおいしい。小腹が減っているときパン屋が目に入ると、ひとつ買ってみるという気持ちを抑え切ることができない。15年ぐらい前には、メゾンカイザーのデリスブランというパンに誘惑された。生地に入れられたホワイトチョコチップが半溶け状態で、生地に少し滲み出たりしていて、甘かったり生地だったりという戯れあいがたまらないのである。そのあとは、かいじゅう屋(東京・目白。いまは立川)のチョコパンだった。食パンにチョコチップを混ぜたという、それだけ。でも、自家製のルヴァン種入りの生地で酸味があり、チョコも酸味のきいたタイプで、酸味と酸味がハウリングを起こし、それが甘さとぴたりはまって気が遠くなるような快感を引き起こすのだ。考えてみただけで、また食べたくなってきた。

パンオショコラ

【た】田作り[2017/5/1]

単行本『空想サンドウィッチュリー』(ガイドワークス)はル・プチメックの西山逸成さんとの共著。モバイル式の屋台をもって、海岸や小麦畑などいろんな場所(お題)でサンドイッチ屋を開店する企画。「おせち」というお題もあり、このときは日本のおせちをすべてフレンチ流の味付けにアレンジした。田作りは普通は醤油・みりん・砂糖で味付けするところを、しょうゆを使わず、はちみつとバターでキャラメルを作り、それにごまめとくるみも入れてからめていた。普通の田作りよりこっちのほうが私の口にはあった。他のメニューも同様だった。おせちというのはお正月だから食べるだけで、うまいうまいと言って食べるものでもない。考えてみれば、あまりにも食事が西洋化してしまい、和食よりもフレンチの味付けのほうが好きになってしまったんだろう。私にとって決定的な理由はもちろん、そっちのほうがパンに合うからというものだ。

【そ】ソース[2017/4/23]

日暮里の初音小路にあるセッキーには驚いた。カウンターだけの小料理屋みたいな店でワインバーを営んでいるのだ。ここの名物メニューに「卵4個のタマゴサンド」がある。名前の通り、卵をぽんぽんと4個割ってかきまぜ、オムレツを焼く。その間に食パン2枚をトースターに放り込み、焼き上がるとすかさずバターを塗り、ブルドックのウスターソースを刷く。熱々のトーストに塗るものだから、ソースの香りが舞い上がる。そこにオムレツをはさむ。白ワインのアテとして絶妙である。フランスから三ツ星のシェフが日本にやってきたとき、ブルドックのウスターソースのおいしさに驚き、スーパーで爆買いして帰ったという話をマダムがしてくれた。いかにももっともな話だ。私もブルドックのウスターソースが好きだ。中濃やとんかつソースより、フルーティで酸味があって透明感がある。カツサンドのときも、カツに塗ったソースが食パンに滲みたの、カツがなくてもあれだけで食べれそうだ。

オムレツサンドとカツサンド

【せ】せうゆ(=しょうゆ)[2017/4/09]

以前、パンの世界の第一人者・志賀勝栄シェフ(シニフィアン・シニフィエ)にお誘いいただき、東北地震の被災地の食材を使ったパンのイベントのコーディネーター役を務めたことがある。陸前高田・八木澤商店のしょうゆをご紹介した。香り高く、旨味も豊富で、お刺身ならほんの少しつけただけでも、味わい深く食べられる。志賀シェフはこのしょうゆをどんなふうに使ったか? 生地に混ぜ込むと味わいが薄まってしまう。熱々のバゲットに刷毛で塗って、香ばしさを出していた。せんべいと同じことである。サンフランシスコの世界的名店タルティーンベーカリーのチャド・ロバートソンさんも同じような使い方をしていた。タルティーン名物であるカントリーブレッド(カンパーニュ)をスライスし、しょうゆを塗って、網で焼くというのだ。これは家でも簡単に真似ができる。国産小麦を使ったカンパーニュにしょうゆを塗って炙れば、日本酒にも合う。

シニフィアン・シニフィエ

【す】酢[2017/3/25]

一音からできている単語は、昔々の言葉ができた当時からあるような基本的なものだと思う。「ち」(=地、血)とか、「け」(=毛)とか、「き」(=木)とか。たとえば、原始人が鳥を見たときに、「う!」と言って、それが「鵜」を表すようになったとか…そんなふうに言葉は生まれてきたと想像している。「す」(=酢)もそうだ。梅干しみたいな「す」っぱいものを食べたときを思いだしてほしい。口が「す」を発音するときの形になるではないか……。ところで、日本人はすっぱいパンが嫌いだ。ドイツパンがあまり好まれない。すっぱいことは腐っていることを無意識のうちに想像させるからだと思う。でも、すっぱいパンはおかずといっしょに食べると本当においしい。ドイツパンにソーセージをのせて食べてほしい。鯖の味噌煮でもいい。すっぱいパン嫌いは変わると思うのだが。ごはんも同じこと。寿司のときは、酢飯に魚をのせて食べるではないか。ドイツパンはあの感覚なのである。

ドイツパンとソーセージ

【し】白パン[2017/3/11]

できのいいパンの表現のひとつに「火抜けがいい」がある。正確な定義はわからないが、おそらくは気泡がしっかりできているために内部まで火が通って、食感も味わいもよくなっているということだろう。その基準でいくなら、白パンとは出来損ないなのだろうか。表面が白いまま、焼くのを止めているのだから、「火抜けが悪い」のではないだろうか。製パンのことは私は詳しくないけれど、食べる側からいうとイエスであり、ノーでもある。白パンは好きな人とそうじゃない人にはっきり分かれるだろう。あれは、パンの中の白っぽい味の周波数の部分が好きな人のためのパンなのである。白いということは、皮のキャラメリゼした風味に影響されていない(皮の風味が内部へ浸透していくことがない)。だから純粋な白さを味わえるというわけだ。もちろん、白パンには白パンなりの火抜けがあり、火抜けがいい白パンは本当においしい。白パン嫌いでも好きになってもらえるだろう。

グロワールの白パン「ロシア」

【さ】砂糖[2017/2/24]

宮崎ミカエル堂のジャリパンを知っているだろうか? 練乳クリームに砂糖がかけられて、食べるとジャリジャリする。昔ながらのご当地パンはたいていそうだが、贅沢な食材を使うのではなく、「あるもので作る」精神。ものが少なかった時代に工夫を重ねた先人の努力がすばらしいと思う。ジャリパンは「魔法」として家でも応用できる。バターと練乳を混ぜて練乳クリームを作ってトーストに塗り、砂糖をぱらぱらとかけるだけ。パンを食べすぎてしまうのでちょっと危険である。松山のプース・ド・シェフで食べた和三盆クリームサンドはおいしくて、『日本全国 このパンがすごい!』(朝日新聞出版)でも紹介した。ミルククリームを和三盆で作っている。独特の風味があって、甘さがやさしい。ゆっくりじわじわやってくる感じなのだ。おそらく精製度が低いので、白い砂糖のように糖がいっきに吸収されないのだろう。ゆっくりきてゆっくり去っていく。「やさしい味」とはこういうことなのだろう。

松山プース・ド・シェフ和三盆クリームサンド

【こ】麹[2017/2/6]

木村家あんぱんの元になる酒種を知っているだろうか? お酒や甘酒の元になる麹菌を蒸したお米につけて培養される。酒種のよさとは、木村家あんぱんにもあるぷくっとした食感と、甘酒にも通じる和の香り、自然な甘さだろう。これが、あんことすごくよく合うのだ。酒種の自家培養はひじょうにむずかしい。それを行っている店は、銀座木村家と、鳥取のタルマーリーぐらいしか私は知らない。タルマーリーの「和食パン」という名の酒種のパンが好きだ。名前の通り、きんぴらごんぼうやら、しょうが焼きやら、和食と相性がいい。ちぎった生地におかずをのせてどんどん食べたくなる。酒種の生地はたいてい菓子パンに使われるけれど、食事パンにするのはいいアイデアだ。コッペパンの生地なんかにするととても向いているだろう。ホシノ天然酵母には麹っぽいフレーバーがある。特に、家庭でパンを作る人に人気があるのは、日本人好みのあの香りのせいではないか。

木村家あんぱん

【け】結婚式[2016/11/16]

結婚式は、人生最大に財布の紐がゆるむときだ。100円や200円の出費などなんとも思わない。お金がかかればかかるほど「豪勢だ」と評価される。「結婚披露宴の引き出物パン承ります」というのはビジネスチャンスがないだろうか。結婚式ではみな縁起をかつぐ。「割れる」「切れる」という言葉を嫌う。「クープ」(フランスパンの上に入っている切れ込み)なんで入れるのはもってのほかだ。逆に割れないパンなんてどうだろうか。硬くて硬くて食べられないほどの…食べられないのはダメか。ちぎりパンはどうだろう。切れる割れるは御法度だとさっき触れたその舌の根も乾かぬうちにたいへん恐縮だが、「ちぎる」を「契る」に読み替える。2つの生地がくっついてひとつのパンとなるのだ。あえて別々の生地を組み合わせてマリアージュ(フランス語で結婚の意味)させるのはどうだろう。練乳クリームパンとイチゴを練り込んだパンとか。紅と白になっていればさらにおめでたさも増す。

結婚式

【く】クリームパン[2016/10/31]

「大人気!1日300個以上売れるクリームパン」みたいなのは数多い。クリームパンは日本人がいちばん好きなパンのひとつである。これは私の提唱する「中トロの法則」とも照応する。ゆで卵から、カレーパン、小龍包、たこ焼きに至るまで、行列を作ってまで食べたいと思うものは中からトロっと出てくるものが多いのである。さて、私もいままで大人気クリームパンを食べてきたがそこにはいくつかの必要条件があるように思う。1)クリーム多め。2)クリーム濃厚。3)クリーム硬めではなくとろとろ。4)皮が薄くて口溶けがいい。……つまりは「カスタード玉」がいいわけである。パンはあまり感じさせず、それはクリームを包む皮でしかなく、口の中に入ればカスタードが炸裂する。そんなイメージである。技術的な関門は多いであろうが、クリームをとにかく気前よく多めに入れるという前のめりなガッツを、一消費者としてはお願いしたいわけである。

グロワールのクリームパン

【き】緊急実験[2016/10/13]

サンドイッチをめぐって男だらけ(&マダムひとり)の緊急実験が開催されたのでご報告しておく。パネリストはグロワール店長・虎光氏、グロワールマダム・千賀氏、パンヲカタル・浅香正和氏、PAINLOT・山田慎氏、そして私。テーブルに並べられたさまざまな具材とパンを駆使して、オリジナルサンドイッチをかわりばんこに提案しあう趣向だ。

べったら漬け+クリームチーズ+ブドウマスタード+グロワールプレミアム食パン(山田慎作)
べったら漬けとクリームチーズという発酵食品同士の思わぬ相性に瞠目。べったら漬けという和食材をパンに織り込むことに成功。

べったら漬け+クリームチーズ+ブドウマスタード+グロワール食パン(山田慎作)

紫キャベツ+カボチャ+焼豚+グロワールプレミアム食パン(浅香作)
焼豚とキャベツという鉄板の組み合わせに、ほっこりとした甘さのカボチャのペーストを加えて女子受け必至か。

紫キャベツ+カボチャ+焼豚+グロワール食パン(浅香作)

うりの刻み奈良漬け+さばのグリーンペッパー+タイム+クリームチーズ+グロワール金ゴマ食パン(千賀作)
奈良漬けとサバに相性を発見。さばの香りを活かすハーブのタイムもあしらうおしゃれな一品。

うりの刻み奈良漬け+さばのグリーンペッパー+タイム+クリームチーズ+グロワール金ゴマ食パン(千賀作)

奈良漬けの酒粕+チャーシュー+ぶどうマスタード+ブロッコリー+トマト+ZOPFバゲット(虎光作)
酒粕だけで十分にスプレッドになることを証明。さらに野菜もたっぷり入れてバランスよく。

奈良漬けの酒粕+チャーシュー+ぶどうマスタード+ブロッコリー+トマト+ZOPFバゲット(虎光作)

シンケンブルスト+キャロットラペ+マスタード+ZOPFバゲット(池田作)
「キャロットラペにはシンケンブルストがあいますよー」とメツゲライクスダにて提案されたことを丸呑み。あとはバゲットでシンプルに食べたい欲の産物。

シンケンブルスト+キャロットラペ+マスタード+ZOPFバゲット(池田作)

ベビーコーン+トマト+アスパラガス+パプリカ+紫キャベツ+スモークサーモン+ゴマドレ+からしマヨネーズ+クリームチーズ+グロワール発芽玄米食パン(千賀作)
いまはやりの「萌え断」(萌える断面の略)をいとも手早く作りあげるマダムの手技に一同喝采。彩りも鮮やかなレインボーサンドイッチ。

ベビーコーン+トマト+アスパラガス+パプリカ+紫キャベツ+スモークサーモン+ゴマドレ+からしマヨネーズ+クリームチーズ+グロワール発芽玄米食パン(千賀作)

キャロットラペ+焼豚+紫キャベツ+マヨネーズ+イタリアンパセリ+グーテのブロッチェンゴマ(浅香作)
キャロットラペと焼豚という鉄板の組み合わせ。さらにゴマと焼豚の風味も、中華料理を思わせる相性のよさ。

キャロットラペ+焼豚+紫キャベツ+マヨネーズ+イタリアンパセリ+グーテのブロッチェンゴマ(浅香作)

ザワークラウト+ブラートヴルスト+タイム+マヨネーズ+メンタイ蒸し鶏+グロワールプレミアム食パン(山田作)
題して「山田酸味スペシャル」。ドイツのオーソドックスなザワークラウトのソーセージの組み合わせに、さらに酸味や辛さを重ねて一工夫。

ザワークラウト+ブラートヴルスト+タイム+マヨネーズ+メンタイ蒸し鶏(山田作)

もも肉ハム+バター+ZOPFバゲット(池田作)
日本ではロースハム、ボンレスハムが主流も、フランスではハムといえばもも肉。もも肉のハムがあったのでフランスでよく売っているカスクルートを作ってみた。手を加える必要もなくおいしい組み合わせだと思う。

もも肉ハム+バター+ZOPFバゲット(池田作)

すいかの奈良漬け+べったら漬け+うりの奈良漬け+ZOPFヨーグルトライ(山田作)
漬け物とライ麦パンがすごく合う。まるでチーズと合わせているかのように。すごい発見だ!

トマト+パプリカ+クリームチーズ+イタリアンパセリ+ZOPFヨーグルトライ(池田作)
ニューヨークで食べたベーグルのイメージ。野菜とクリームチーズを混ぜたスプレッドを、プンパニッケルベーグルに塗った感じ。

トマト+パプリカ+クリームチーズ+イタリアンパセリ+ZOPFヨーグルトライ(池田作)

メロン+ぶどう+クリームチーズ+高級デニッシュ食パンのパン・ド・グロワール(千賀作)
あこがれのフルーツサンドをご家庭で。しかも贅沢にブリオッシュ食パンを使って。クリームチーズをマスカルポーネチーズに変えても極上であろう。

メロン+ぶどう+クリームチーズ+パングロワール(千賀作)

おのおのが大技小技を繰り出すバトルロワイヤルの様相を呈した狂乱の一夜だった。なんであんなに盛り上がっていたのか、いまも訝しい。

【か】関西名物[2016/7/25]

大阪名物・厚切り専用食パンを売り出したらどうか、と前回思いつきで書いたが、具体論はノーアイデアである。上半身裸の島木譲二に「大阪名物、厚切り専用食パンや!」と叫んでもらえば売れるかもしれないが、ブッキングするお金はない。…もっと地道に考えていこう。イメージ的には冷凍うどん。冷凍庫に常備していつでも食べられるけど味は本格派、というあの感じ。1スライスずつ個包装された食パンをオーブントースターに入れるだけ。切れてるバターも同梱されていて、それをのっければ、とろーりあつあつ大阪の喫茶店で出てくる4枚切りトーストがご家庭で! でも4枚切りの食パンを冷凍して、中まで火が通るのか、という問題がある。そこで『食パンの魔法』。はじめから切り込みを入れておく。そうすれば火通りもいいし、中にバターが滲みこんで、より喫茶店のトーストっぽくなるだろう。

グロワールのプレミアム食パン

【お】大阪名物[2016/7/18]

「大阪名物」と堂々胸を張って言えるパンがあったら、インターネットで売りやすいのではないかと思う。それってどんなものか考えてみよう。大阪には喫茶店でトーストを食べる文化がある。オセロの松嶋さんは、実家が朝ごはんを作らない習慣で、毎日喫茶店でトーストを食べていたそうだ。東京はマック(大阪ではマクドというんでしたっけ)やスタバばかりで、モーニングセット自体なかなかお目にかからないが、大阪では健在。モーニングといえば、厚切りのトーストだ。大阪のスーパーやコンビニでは4枚切りというぶ厚い食パンが売られているけど、東京にはない大阪ならではのもの。そして、大阪・神戸のパン屋をまわって思うのは、食パンのレベルが高いということ。グロワールも然り。食パンがいちばんの売れ筋で5種類も売っている。厚切りの好きな大阪の人が考えた厚切り専用食パンというのはどうだろう。

パン屋のグロワール「食パン棚」

【え】縁結び[2016/7/11]

浅草を歩いているとき、神社の前を通りかかった。境内にうら若き女子たちが集っている。なにごとかと覗いてみると、縁結びのパワースポットだそうで良縁を求める人が押しかけているのだ。みんなご利益が好きである。霊験あらたかなパンがあれば売れるにちがいない。そこでプレッツェルである。紐を結んだような形をしている。あれを「縁結び」という名前で売れないかと思った。奇妙奇天烈な形だとずっと思っていたけれど、最近すごさがわかった。紐状に伸ばしてくるっと結ぶ。パン屋さんにとっては作業性が意外といいのだろう。そして細いところから太いところまで、いろんな太さがある。だから、細いところはかりかり、太いところはしっとりして、ぜんぶ食感がちがって飽きない。岩塩がかかっているので『塩パンブーム』にものっかれる。大阪の縁結びで有名な神社とコラボで売り出すのがいいと思う。

プレッツェル

【う】ウスターソース[2016/7/4]

先日、東京・日暮里にあるワインバー「セッキー」で、「卵3個で作る卵サンド」を食べた。注文してから卵を3個割って、オムレツを作る。同時進行で、グリルで食パンを焼く。焼きあがったところにバターを塗り、さらにウスターソースを塗る。火の入ったパンの熱でウスターソースがあたたまり、あのなつかしい香りが立ち上がる。お好み焼屋のあのひどく食欲をそそられる匂いと同じものだ。そこに卵が舌の上でどろっと甘く溶ける。理由もわからないが卵とソースはひどくシンクロするのだ。関西の方ならご存知かもしれないが、京都にあった伝説の店コロナの卵サンドにこの組み合わせは範をとっている。ウスターソースなんてありふれたものだけど、あの香りの力はすごい。パン屋さんのサンドイッチはマヨネーズ味が多いと思うけど、ウスターソースはこれからきそうだなと思っている。

【い】イベント[2016/6/27]

イベントで注目を集めて集客を伸ばすのは、ビジネス書の定番ネタである。グロワールにやってほしいイベントは? と考えてすぐ思いついたのは、ホットドッグ大会。ソーセージをあたためておいて、注文を受けてから、焼きたてのドッグパンにマスタードを塗ってはさみ、「はいよ!」と渡す。ワゴンを出して店の前でやってほしい。ビールサーバーも用意して、ビールもいっしょに飲めたらいいな。夏の夜なんか最高だと思う。夏祭りとか花火大会とかのときならもっとうってつけだ。そのとき私(さいたま市在住)は大阪まで行けるんだろうか? 行くことができず、「こんなに盛り上がりました〜」なんてグロワールさんのツイートを見たら、すごく悔しいだろう。そうなのだ。イベントにきた人はもちろん、行けなかった人にも「グロワールって楽しい店なんだな」って思ってもらえるはずである。

グロワールのパン作り

【あ】アソート[2016/6/20]

グロワールのアソートに出会ったのは陸前高田である。私は「希望のりんご」という東日本大震災の被災地・陸前高田を応援する活動を行っている。ある日、グロワールさんが突然連絡をくれて、小さな避難所が解散する記念のパーティにパンを提供してくれることになった。そのとき送ってくれたのが「アソート」だ。袋の中に、メロンパンとかクロワッサンとかバターロールとかのミニチュアが5、6個入っている。みなさんおおよろこびだった。なんたって愛情たっぷりである。小さいけれどあんなにきちんとしたパンを1個1個作るのは本当にたいへんだと思う。働き者の一楽虎光シェフならではの仕事だ。このホームページで予約販売(30人分以上限定とか)したらすごくいいと思う。たとえば、幼稚園の卒園式の謝恩会のおみやげとか。子供たちのよろこぶ顔が目に浮かぶようだけれど…。

グロワールのアソート

About the owner

一楽虎光

店長の一楽虎光です。グロワールは地元・大阪千林大宮のお客様と歩んで半世紀になります。その間、お客様の声に耳を傾け、共に歩み、成長してきました。心のこもった商品作りを常に意識し、おいしいパンを全国にお届けします。グロワールパンブログでは、ベーカリーの日常や、生活のできごとをつづっています。こちらもぜひご覧下さい。

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